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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)6611号 判決

原告

木下一郎

外二名

右原告ら訴訟代理人

菅沼政男

被告

吉成旭

右訴訟代理人

本村俊学

主文

一  被告は

(一)  原告木下一郎に対し、金四一万四、一八三円および内金一六万四、一八三円に対する昭和四八年九月二日から、内金二五万円に対する本判決確定の日の翌日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を

(二)  原告木下勝夫に対し、金二六二万九、七三九円およびこれに対する昭和四八年九月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告木下一郎および同木下勝夫のその余の請求および同渡辺三津江の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告木下勝夫と被告との間においては同原告に生じた費用の四分の一を被告の負担、その余を各自の負担とし、原告木下一郎および同渡辺三津江と被告との間においては全部右原告両名の連帯負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の申立

一、請求の趣旨

(一)  被告は、原告木下一郎に対し金二三四万四、五七〇円、同渡辺三津江に対し金一〇〇万五、〇〇〇円、同木下勝夫に対し金一、一六〇万〇、八二六円および右各金員に対する訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言を求める。

二、請求の趣旨に対する被告の答弁

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

(一)  事故の発生

1 日時 昭和四六年八月二三日午前三時一〇分頃

2 場所 茨城県東茨城郡茨城町大字長岡字新田三、五二三番地の三七付近路上

3 加害車 大型貨物自動車(福島一せ四七七八号)

運転者 被告

4 被害車 普通乗用自動車(足立四の二〇二九号)

運転者 原告木下一郎(以下「原告一郎」という。)

同乗者 原告渡辺三津江(以下「原告三津江」という。)、同木下勝夫(以下「原告勝夫」という。)

5 態様 駐車中の加害車に被害車が追突した。

(二)  被告の責任

被告は、加害車を業務用に使用し自己のため運行の用に供していたものであり、かつ、本件事故現場が駐車禁止の場所であるにも拘らず、これに違反し、しかも尾灯も点灯しないまま加害車を駐車させた過失により本件事故を惹起したものであるから、人損につき自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、物損につき民法七〇九条により、それぞれ損害賠償責任を負う。〈以下略〉

理由

一事故の発生

請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二被告の責任および過失相殺

(一)  被告が加害車を所有し自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

(二)  そこで、被告の過失の有無について判断する。

1  本件事故現場が駐車禁止場所に指定されていたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場付近の道路状況は、ほぼ別紙現場見取図記載のとおりで、非市街地にあり、東京方面から日立方面に通ずる道路の進行方向右側は、本件事故当時工事中のため使用できず、左側道路の中央分離帯寄りの一車線(以下中央分離帯寄りから左側に、順次「第一車線」「第二車線」「第三車線」という)を日立方面から東京方面に向う車両のために使用しており、その他の車線を逆方向に進行する車両のために使用していた。

本件事故現場の路面はコンクリート舗装されて平担であるが、付近に照明設備はなくて暗く、また本件事故当時霧が濃く、見通しはかなり悪かつた。

被告は、仕事で千葉県に行つて帰途、霧が出ていたが、眠む気を催したために、駐車禁止の標識に気づかないで第三車線の事故現場に加害車を駐車し、運転台の後にある寝台で仮眠するため横になつて五分位したところ本件事故が発生した。

一方原告一郎は、被害車を運転し、東京方面から日立方面に向つて時速四〇粁近くで本件事故現場付近に至り、第三車線を進行中、四九米位前方に工事用の標識ランプが点滅しており、その前方に大型車が二、三台駐車しているのを認め、第二車線に寄つてこれを避けて通過し、再び第三車線に寄つたところ、8.6米位前方に加害車が駐車しているのに気づき、右転把して衝突を避けようとしたが及ばず、加害車の右後部に被害車の左側面を衝突させた。なお同原告は、本件事故現場付近の道路を通つたのは初めてであり、事故現場付近にある駐車禁止の標識にも気づいていなかつた。

以上の事実が認められる。被告が、加害者を前記二、三台の大型車との間隔をどの位開けて駐車していたかという点と、加害車の尾灯を点灯して駐車していたか否かという点については、〈証拠〉との間に大きなくいちがいがあつて、そのいずれをも直ちに措信することはできず、他に右の点を認定するに足りる証拠はない。また、被告は、原告一郎が居眠り運転をしていた旨主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

2  右の事実に基づいて考えるに、本件事故態様からして、仮に事故現場に加害車が駐車していなかつたとしたならば、本件事故現場において被害車が事故に遭うことはなかつたものと認められ、この意味において、被告が加害車を駐車させたことと本件事故との間には因果関係があるものということができる。では、右事実と被告が標識を見落して駐車禁止の場所に加害車を駐車させたことをもつて直ちに被告に過失責任があるということができるであろうか。

道路交通法四五条一項各号に定める駐車禁止場所についてみると、その規制の目的が、主として一般の車両交通の安全と円滑を図ることにあるものと、主として特定の車両(消防自動車、バス等)の通行ないし活動の円滑を図ることにあるものとがあることが看取される。本件事故現場付近は右とは異なり、公安委員会により駐車禁止と指定された場所であるが、これは、公安委員会が、本件事故現場付近の道路状況、交通状況等からして、右二つの場合のうちの前者の目的を達するために必要な措置であると判断した結果である(道路交通法四条参照)ものと考えられる。道路に車両を駐車させることは、そのことだけで車両交通の安全と円滑を阻害するおそれがあることは容易に推測されるところであるが、とりわけ前記二つの目的のうち前者の目的を達するため駐車禁止と指定された場所に駐車することはその危険性を高める行為であると言わなければならない。この意味において、駐車禁止標識を見落し、駐車禁止と指定された本件事故現場に、しかも夜間、霧のため見透しの悪い時に、加害車を駐車した被告は、尾灯を点灯していたと否とに拘らず、駐車したことと因果関係にある本件事故の結果につき、過失責任を負わなければならないものと言うべきである。

3  以上のとおりであるので、その余の点について判断するまでもなく、被告の免責の主張は採用できない。しかし原告一郎としても、夜間霧のため見透しが悪かつたにも拘らず時速四〇粁近くで被害車を走行させたうえ、前記のとおり二、三台の大型車が駐車しているのを認めたのであるから、さらにその前方に他の車両が駐車しているのであろうことは容易に推測されるので、中央車線から左側の車線に戻る際にも減速し、かつ、前方を十分注視すべきであるのにこれを怠り、右速度のまま進路変更し、8.6米位に接近して初めて加害車を発見するなど、その過失は極めて重大であると言わなければならない。前記のとおり加害車が尾灯を点灯させていたか否かが不明である点が被告に不利に作用することを考慮しても、なお原告らにつき七割の過失相殺をすべきものと考える。

三原告らの傷害および後遺症

(一)  原告一郎について

〈証拠〉によれば、同原告が、本件事故により、頭部・右眼部打撲等の傷害を負い、昭和四六年八月二三日から同年九月一五日まで二四日間入院し、翌一六日から同月二七日までの間七回通院して治療したが、なお右眼下に長さ数糎の傷痕、右手第五指末梢に不完全麻痺を残していることが認められる。

(二)  原告三津江について

〈証拠〉によれば、原告三津江が、本件事故により、頭部打撲、胸部挫傷、顔面・左肩・上腕・腋窩部裂傷の傷害を負い、同年八月二三日から同年九月八日まで一七日間通院し、同月九日から同月一八日までの間八回通院して治療したが、なお顔面三ケ所および左上肢に多数のケロイド状の瘢痕を残していることが認められる。

(三)  原告勝夫について

〈証拠〉によれば、原告勝夫が、昭和三一年三月一七日生れの男子であるところ、本件事故の一年位前に脳腫瘍のため開頭術を受け、術後の経過観察中に本件事故に遭遇したこと、本件事故により頭骨々折、脳挫傷、顔面裂創、胸部・四肢擦過傷の傷害を負い、昭和四六年八月二三日から同年九月一五日までおよび同月一八日から同月二八日まで合計三五日間入院し、翌二九日および同月三〇日の二回通院治療したこと、同原告の現在の症状としては、顔面に長さ一五糎一ケ所、七糎三ケ所、五糎二ケ所の傷痕、逆行性健忘症があるほか、てんかんを疑わする脳波異常があり、投薬を続けながら年二回脳波検査を受けているが、症状に変化がみられないこと、が認められる。

四原告らに対する付添

〈証拠〉によれば、原告らの前記入院期間中、原告一郎は昭和四六年八月二三日から同年九月六日まで一五日間、同三津江が同年八月二六日から同年九月八日まで一四日間、同勝夫が同年八月二三日から同年九月一五日まで二四日間付添を要する状態であつたこと、本件事故により原告一郎の妻訴外志津子、同原告の子訴外美佐子および同美智子も受傷し、原告一郎、同勝夫および訴外志津子の山本医院に、原告三津江、訴外美佐子および同美智子が林整形外科医院に入院し、山本医院には原告一郎の子である訴外次夫および同芳夫の二名が、また林整形外科医院には派出婦一名が付添つたこと、訴外志津子、同美佐子および同美智子はいずれも昭和四六年九月一〇日頃退院したこと、以上の事実が認められる。

五原告らの損害および填補

(一)  原告一郎について

1  治療費 金五万二、三七〇円

〈証拠〉によつて認める。

2  付添費 金一万五、〇〇〇円

前記認定事実から、原告一郎に対する付添費としては、一日当り金一、〇〇〇円合計金一万五、〇〇〇円の相当であると認める。

3  入院雑費 金七、二〇〇円

前記傷害の程度および入院期間からして、入院雑費として一日当り金三〇〇円合計金七、二〇〇円を要したものと推認する。

4  休養損害 金一四万二、七〇七円

〈証拠〉によれば、原告一郎が大正七年九月一七日生れで、本件事故当時合成樹脂加工業を営んでいたものであるところ、本件事故による負傷のため昭和四六年八月二三日から同年九月二七日までの間休業のやむなきに至つたことが認められる。ところで原告一郎の本件事故当時の収入について、同原告は月収金一五万円であつたと主張し、原告一郎本人尋問の結果には右主張にそう部分があるが、右部分をたやすく措信することはできず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。従つて、原告一郎の本件事故当時の収入を、当裁判所に顕著な労働省の賃金構造基本統計調査の昭和四六年全産業・男子労働者・学歴計の平均給与額のうち五〇才乃至五九才の年令階層の平均年収金一四四万六、九〇〇円と同程度の年収を得ていたものと推認し、結局、右休業期間の損害を金一四万二、七〇七円と推定する。

5  車両損害 金八万円

〈証拠〉によれば、被害車が昭和三六年または三七年式のセドリックライトバン一九〇〇であるところ、原告一郎が昭和四二年頃金四五万円位で購入したこと、右購入時すでに二万粁位走行していたこと、同原告は購入後被害車を営業用およびレジャー用として使用し、本件事故まで三万粁位走行したこと、本件事故により被害車が全損したこと、以上の事実が認められる。原告一郎は、被害車の本件事故当時の時価が金三〇万円であつた旨主張するが、右主張を認めるに足るり証拠はなく、右認定事実からして、せいぜい金八万円程度にとどまるものと推認される。

6  慰謝料 金二五万円

前記原告一郎の傷害の程度、入通院状況、後遺症の程度等諸般の事情に鑑み、同原告に対する慰藉料としては、金二五万円が相当であると認める。

7  まとめ、

以上の合計は金五四万七、二七七円となるところ、七割の過失相殺をすると、被告に対して請求しうべき分は金一六万四、一八三円となる。

(二)  原告三津江について

1  治療費 金四万五、八六〇円

〈証拠〉によつて認める。

2  付添費 金一万四、〇〇〇円

前記認定事実に鑑み、原告三津江に対する付添費としては、一日当り金一、〇〇〇円合計金一万四、〇〇〇円を相当と認める。

3  入院雑費 金五、一〇〇円

前記原告三津江の傷害の程度および入院期間に鑑み、一日当り金三〇〇円合計金五、一〇〇円の入院雑費を要したものと推認する。

4  慰謝料、皮膚移植費およびまとめ

〈証拠〉によれば、原告三津江は前記後遺症のため、被告から損害賠償金を得次第皮膚移植手術をする予定でいること、そのための費用として金八〇万円位を要すると医師に言われたこと、以上の事実が認められる。しかし右手術を施行してどの程度症状が良くなるかについては、これを予測すべき何らの証拠もない。そこで、前記原告三津江の傷害の程度、入通院状況、現在の後遺症の程度から、同原告に対する慰謝料として金七〇万円を相当と認め、皮膚移植費として金八〇万円を認めたとしても、同原告の損害は合計金一五六万四、九六〇円となり、これに七割の過失相殺をすると、被告に請求しうべき分は金四六万九、四八八円となる。そして、自賠責保険から原告三津江に対し金四七万四、二八〇円の填補がなされたことは当事者間に争いがないので、結局、同原告の被告に請求しうべき右損害は既に全部填補されていることになる。

(三)  原告勝夫について

1  治療費 金一〇万四、七三〇円

〈証拠〉により原告勝夫の治療費として、山本整形外科において金七万六、二八〇円、市原病院において二万八、四五〇円を要したことが認められる。同原告は治療費として合計金一〇万八、六九〇円を要した旨主張するが、右認定額以上にこれを認めるに足りる証拠はない。

2  付添費 金二万四、〇〇〇円

前記付添費状況からして、原告勝夫に対する付添費としては一日当り金一、〇〇〇円合計金二万四、〇〇〇円が相当であると認める。

3  入院雑費 金一万〇、五〇〇円

前記傷害の程度および入院期間からして、原告勝夫が入院雑費として一日当り金三〇〇円合計金一万〇、五〇〇円を要したものと推定する。

4  逸失利益 金一、〇六〇万円

〈証拠〉によれば、原告勝夫は、昭和四九年三月に高等学校を卒業したが、後遺症のため就職に対して不安があるため、就職せず、原告一郎の家業を手伝つていることが認められる。

右事実と、前記認定の諸事情とを併わせ考えると、原告勝夫の脳腫瘍の手術後の結果と後遺症との関係が証拠上不明ではあるが、本件事故による傷害の程度が極めて重大であることに鑑み、本件事故による傷害に基因する後遺症により、原告勝夫は、後記稼働可能期間を通じて三割程度労働能力を喪失したものと認められるのが相当である。そして、同原告は、高校卒業時の一八才から六七才まで四九年間稼働可能であると考えられるので、その間の逸失利益の後記訴状送達の日現在における現価は、当裁判所に顕著な労働省の昭和四八年賃金構造基本統計調査の産業計・企業規模計・男子労働者・新高卒の全年令平均年収金一五四万二、二〇〇円に昭和四九年の前年に対する上昇率三割程度を加算した金額を基礎とし、ライプニッツ方式により中間利息を控除した金額を参考として、金一、〇六〇万円程度であると推認する。

5  慰謝料 金二〇〇万円

以上認定の諸事情に鑑み、原告勝夫に対する慰謝料としては金二〇〇万円が相当であると認める。

6  まとめ

以上述べたところによれば、原告勝夫の損害は合計金一、二七三万九、二三〇円となるところ、これに七割の過失相殺をすると、被告に請求しうべき分は金三八二万一、七六九円となる。そして、同原告が自賠責保険から金一一九万二、〇三〇円の填補を受けたことは当事者間に争いがないので、結局未だ填補されない分は金二六二万九、七三九円となる。

六弁護士費用

原告らが本訴追行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、弁論の全趣旨によれば、その費用として金一五〇万円を原告一郎が支払う旨約したことが認められるが、本件事案の内容、訴訟経過、認容額等諸般の事情に鑑み、本件事故と相当因果関係を有するものとして被告に対し請求しうべき分は金二五万円が相当であると認める。

七結論

以上述べたところによれば、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告一郎が金四一万四、一八三円およびこれから弁護士費用分金二五万円を控除した残金一六万四、一八三円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年九月二日から、右金二五万円に対する本判決確定の日の翌日から、いずれも支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の、原告勝夫が金二六二万九、七三九円およびこれに対する右昭和四八年九月二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、原告一部および同勝夫のその余の請求および同三津江の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(瀬戸正義)

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